『正座と日本人』丁宗鐵(2)松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇
アジアの風習を渡ってきたのだから当たり前のことだが、仏像にも正座は少ない。如来は結跏趺坐(けっかふざ)が多く、菩薩や座禅は半跏趺坐(はんかふざ)が多い。結跏趺坐は高級アグラのようなもの、左足を右腿の上に置き、次に右足を左腿の上にのせる吉祥坐(きっしょうざ)と、その逆に右足から組む降魔坐(ごうまざ)とがあるけれど、ぼくは若いころは降魔坐が好きだったのに、それがあるときから痛くなって、いまはもっぱら吉祥坐か、半跏趺坐である。なぜだろうか。
輪王坐(りんのうざ)という坐り方もある。片膝を立てて手を後方につく。浮世絵や風俗画のようで、女っぽい。輪王坐の仏像としては室生寺の如意輪観音が有名だが、十文字美信(1109夜)の立体写真でこれを見たときは、その官能力に息を呑んだものだ。
そういうなかに正座の仏像もときどき混じったのである。2年ほど前にあらためて拝んだが、三千院の勢至菩薩の正座像などがその一例だ。亡者を迎えにいく来迎式だから、衆生を招き入れるために思わず跪いたにちがいない。
僧侶もめったに正座をしなかった。アグラに似た楽坐か半跏趺坐(あるいは結跏趺坐)が多く、読経のときは立つほうを正式にした。仏僧がやたらに正座をするようになったのは、明治の廃仏毀釈以降のことなのだ。
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